ノンキーオヤジの 人それぞれ ・ 人生いろいろ

そうか!息子は発達障害だったのか !? 親子の葛藤 と顛末記

思考:発達障害

中学3年生の不登校から高校入学までの経過

たまたま受けた高校に合格するまでの経過と親の反省 こんにちはノンキーです。 さて息子SRは地元の中学校へ復帰して通学を始めました。 最初のうちはどうでしょう、何となく通学できていたように感じました。 しかし、何日もしない内に時々休むようになった…

息子SRにとって山村留学は意義あるものだったのか? その疑問が明らかに!!

中学3年生より地元の中学校へ復帰したものの! こんにちはノンキーです。 やっとというか、もうというか息子SRは7ヶ月ぶりに帰ってきました。 親元離れ見知らぬ土地で他人のお世話になった成果は、果たして有ったのでしょうか? 4月から地元の中学校へ復…

最終回・息子SRにとって“良かったのか、悪かったのか!? 今でも不明な中学生の時の出来事

さらば自然学園、初志貫徹できなかった山村留学とのお別れです。 こんにちはノンキーです。 今回で山村留学シリーズは最終回になります。 前回の記事はこちらから。↓↓↓ www.nonkieblog.net 息子SRが通学している中学校は、生徒は少数ですが県下ではソフトボ…

続々・息子SRにとって“良かったのか、悪かったのか!? 今でも不明な中学生の時の出来事

息子SRに何故〇〇自然学園の山村留学は合わなかったのか? こんにちはノンキーです。 前編からの続きです。↓↓↓ www.nonkieblog.net 休日を利用して、我々は〇〇自然学園へと急ぎました。 とにかく遠いですね、ノンストップで約3時間かかります。 そう言えば…

続・息子SRにとって“良かったのか、悪かったのか!? 今でも不明な中学生の時の出来事

息子SRの貴重(不思議)な山村留学 本格体験 こんにちはノンキーです。 前編からの続きです。 www.nonkieblog.net 〇〇自然学園からの帰宅後、息子SRはやはり“山村留学に行く”というのです。 私はあまり気乗りがしなかったのですが、本人の気持ちが強く、ま…

息子SRにとって“良かったのか、悪かったのか!? 今でも不明な中学生の時の出来事

中学生の時の息子SRの貴重(不思議)な体験 こんにちはノンキーです。 今回は、息子SRについて中学生時のある出来事について書いて行こうと思います。 実は息子SRは、中学2年生の2学期~3学期にかけて山村留学という、ある地域に転校して過ごした時期があ…

子供にとって大切な小・中学生の時期、親はどのように対応して行けば良いのか!

息子SRが不登校になって行く過程を辿ってみました こんにちはノンキーです。 息子SRは中学生になってそれなりに過ごしているように見えましたが、学校での様子は実際に見ることはできません。 私と言えば相変わらずの生活で、忙しい、忙しいと仕事に追われ、…

中学生になって選んだ部活動は、まさかの???

意外にも意外、息子が選んだ部活はテニスでした さて息子SRは中学生になりました。 学校までは2Kmくらいでしょうか、自転車で大体10分で行ける距離です。 新調の学生服を着て、毎日元気に通学し始めました。 中学生になると、部活への入部を勧められます。 …

集団生活が苦手な息子の少し変わった行動

小学生の時、こんなことがありました 小学生時代は、私自身息子SRの成績や運動について、あまり違和感を持つこともなく、SRは卒業したように思います。 成績はそんなに悪くなかったと思います。 通学時、行き渋ることがたまにあったと記憶していますが、そん…

集団生活に馴染めない子供は、学校での居心地が悪くストレスを感じる!?

運動会の慰労会での出来事、先生の行動から見えたもの 息子SRの幼稚園時代は決まった仲の良い友達ができず、いつも一人で過ごしていたようだ。 いわゆる集団活動が苦手でこれでは楽しいはずの幼稚園が面白くない。 その内やや行きあぐねてきた。 妻が送り迎…

おっ! この子しっかりしとるなぁ!!

名医?の 的外れな一言 こんにちはノンキーです。 まだSR君が幼稚園に上がる前のことでした。 何の予防接種だったのか忘れましたが、市から紹介の定期ワクチン接種ですね。 市役所の一室で行われており、私がSR君を連れて行きました。本人にとって初めての経…

この子、将来弁護士かな!?

おしゃべりな息子に放った祖母の一言 世の中は好景気で、バブル期真っ只中、そしてSR君3歳の頃です。 当時のブームというか、私の会社も例にもれず工場の海外展開を進めることになり、新たな設備の移転や、その他もろもろの準備で以前にも増して忙しくなっ…

息子の誕生と今思えば気になる?行為

私は30歳で結婚、妻は31歳でした。 今であれば普通ですかね、当時は周りはもっと早く結婚していました。 息子が産まれたのは1983年、私が34歳の時で、3000グラム超のやや大きめの出産でした。 名前を仮にSRとします。 吸引分娩で頭の形が少し細長く、これ治…

発達障害の息子と家族の長い長い奮闘の記録です

はじめに/人生なるようになる 今から20数年前は、発達障害という概念も名称もなかった時代ですから、親子共々何か釈然としない、生きにくい時期を過ごしてきた気がします。 私たちの家庭環境を見てどなたかが言いました。 “まあ、なるようになりますわ” もち…